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Selfishly

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二人の関係 5




 :::::

「では、今日は失礼させてもらおう」
「はい、お疲れさまでした。―― 明日も遅れることの無いように宜しくお願いします」
 きっちりとそう釘を刺してくる副官に、少々罰が悪そうな表情でロイはそそくさと部屋を出て行った。

 それを眺めていた部屋のメンバー達が、怪訝そうにリザを見やってくる。
「今日は、送迎は良いんですか?」
 将軍職に着いてからは、独りでの帰宅を許したことが無かったのにと首を傾げる者達に、
リザは仕方無さそうに嘆息を吐いて答える。
「今日はエドワード君を迎えに行くんだそうで、自分で運転して帰るてきかないのよ」
「? 何でですかね? 別に軍用車に一般人を乗せちゃあ駄目ってわけでもないのに」
「さぁ? そうしたかっただけじゃない」
 困ったものだと苦笑するリザに、皆も本当にと同意して頷く。
「ま、でも大将も居るんなら、特に無茶したりはしないでしょう」
「おい、無茶はしないだろうが、トラブルに巻き込まれる確立は上がりそうじゃないか?」
「――― それって、笑えねぇよ・・・」
 エドワードのトラブル体質は、この場に居るメンバーなら誰もが痛感している。
本人が避けようとしても、どうした事かトラブルが懐いてでもいるのか、エドワードは国家錬金術師を辞めた後も、
トラブルには頻繁に遭遇しているのだから。
 今日はこれ以上のトラブルは有ってくれるなと云うのが、一同の願いだった。



 

 門で立って居ると、帰る人達に何度も挨拶をされ、エドワードはその度に手を軽く上げたり、短い返事を返していた。
 季節はまだ寒いと云うほどではないから、薄手のコートに袖を通すだけにして、
手持ち無沙汰の両手をポケットに突っ込んで壁にもたれて待ち時間を暇に潰していた。

 ポンと肩を叩かれて、相手を見れば同僚の女性だった。
「よお、今から帰り?」
「ええ、そうなんだけど。どうしたの? こんな処に突っ立って」
 リズが面白そうにエドワードを見ている。いつも一所に落ち着いて居ない普段のエドワードを知っているから、
こんな処で時間を潰しているのを不思議だと思っているのかも知れない。
「ちょっと待ち合わせしているから」
「そう、待ち合わせてたんだ・・・」
 少し声のトーンが落ちた気がして、エドワードは思わず相手の様子を窺うように視線を向ける。
「いえ、・・・・・デートのお相手は誰なのかなぁ~と思って、ね」
「デートぉっ!?」
 リズの言葉が可笑しくて、思わず声を上げて笑ってしまう。
「違う違うって・・・。そんな良い話じゃなくて、先日の文献を貸してもらいに行くだけだって」
 からからと笑うエドワードに釣られたのか、リズも「あら、残念ね」と返しながら微笑を浮かべてみせる。
 それから暫く迎えが来るまでの間、二人は他愛無い話を続けている。
「いいんだぜ? 帰ってくれてても」
 自分の暇つぶしに付き合わせるのも悪いと言葉を掛ければ。
「いいのよ。―― あのマスタング閣下に会えるんだから、少しの時間なんて気にならないわよ」
 そんな女性の反応には、エドワードは昔から慣れている。
 自分の後見人をしていたせいか、東方に戻れば街の女性達からよくロイのことを尋ねられたり、
頼みごとをされたりがしょっちゅうで、慣れている。

 が、それ以上話をする間もなく。
「鋼の」
 と車から掛けられた声に、エドワードは軽く手を振って返す。
「ほら、お待ち兼ねの奴が来たぜ? どうする、挨拶でもする?」
 そうリズに問い掛けてみれば、そんな事は畏れ多いからとリズはその場で軽く会釈をロイに送ると、
エドワードに挨拶をして帰り道を歩いて行った。

「―― 良かったのかい、帰して?」
 車に乗り込んだエドワードにそう聞いてくる相手に、エドワードは大丈夫だと返した。
「あんの顔を拝みたいって・・・物好きな事で」
「私の顔をね・・・」 
 苦笑交じりのロイの返しに、エドワードは口をへの字にして返す。
「昔っから、良くもてるよなあんたは、さ」
「・・・・・彼女は同じ職場の?」
 車をゆっくりと発進させながら、ロイが尋ねてくる。
「そう、研究チームの一人。・・・おい、まさか口説く気を起こしたんじゃないだろうな」
 用心するような目線を向けてくるエドワードに、ロイはちらりと視線を流してきた。

「魅力的な女性なのは認めよう」
 すらりとした体型は、女性なら誇れるような曲線美を持っていた。
 目鼻たちもくっきりとしていて、明るい表情が良く似合う。
「が、勝ち目の無い賭けはしない主義でね」
 と伝えれば、エドワードには何のことか判らないのか、何の賭けかと訝しむように聞いてくる。
 そんな彼に呆れるやら、相手の女性に同情するやらだ。
 彼女の様子を見ていれば、エドワードに好意を持っていることなど一目瞭然だったのに、
彼は本当に気づいていないのだろうか・・・?
 今も隣で文献の話を持ち出してきているエドワードに、ロイはそつなく返事を返しながら、そんな事を思い浮かべている。

 恋をしている女性を振り向かせるのは至難の業。
 
 恋愛をしているならまだしも、恋をしている最中の女性には相手以外目に入らない。
ロイの経験からしても、それは間違いではないと思う。
 横で楽しそうに目を輝かせているエドワードには、そんな相手は居ないのだろうか? 
 ――― 指し当たって・・・居るとしたら、
               相手はもの言わぬ文献と云うとこだな・・・。

 そんなエドワードに安堵のような感情を浮かべたのは、多分、自分が今フリーだからなのだ。
 暇を持て余すからいけないのだろう・・・。
 最近、ご無沙汰になってしまった社交も必要かもと、何故か後ろめたい気分で考えたりもしつつ、
 家へと帰って行ったのだった。



 +++ Indistinct mind +++


 洒落たカフェでは、人目を惹くグループが談笑をしている。
「でも久しぶりじゃないか? 君がこんな席に顔を出すなんて」
 それぞれが決まった格好をしている男性達の一人が、ロイにそう話し掛けて来る。
「そうだったかな? ―― 最近は少し忙しい日が続いててね」
 グラスを傾けながらそう適当な答を返すと、二つ横から会話に参加してくる女性がいる。
「それは仕方が無いわね。だって、ロイ。今度昇進をしたばかりですもの」
 洗礼された髪型に化粧を施し、胸が大きく開いたドレスを品良く着こなしている彼女は、
この遊び仲間の一人で付き合いも長い。
「君が居ない方が、俺らにチャンスが増えるから良かったんだがな」
 そんな言葉でも卑屈に聞こえないのは、言ってる本人もなかなかの好男子だからだろう。
 独身の者達で集う会は、時によって人が入れ替わって行く。
 パートナーが欲しくて参加する者もいれば、一夜のアバンチュール目当ての者もいる。
それなりに地位も金も有る者達の集いだから、がっついている感じはしない。
ロイのようにその場の雰囲気や会話を楽しみたくて参加している者も多いだろう。

 今日、この会に参加する事になったのは先ほど会話に参加してきた彼女からの願いが有ったからだ。
 会わせたい子が居るの。
 そう声を掛けられたのが、彼女出なければ特に心を動かされる事は無かっただろうが、
付き合いの長い彼女、ブランはロイの好みを熟知している。
彼女が紹介して外れた事が無かったと云うのも大きい。

 が、今度はやや今までの紹介された女性達とは趣が違うようだ。

 ――― あなたもいつまでも独身じゃ居られないのよ。
       偶には遊び以外の目的で、女性とお付き合いしてみる
       必要も有るんじゃない?

 自身は自由人を公言している彼女らしからぬお節介をと云うわけだ。
 マルガレーテと名乗ったその女性は、ロイの目から見ても品が良く美しい女性だった。
地方の名士の娘と言うのも頷ける。
 口数はそう多くは無いが、会話の切り返しや受け答えから彼女の聡明さが窺える。
普段はこの会には参加をしていない理由を尋ねると、少し恥ずかしそうに控え目に微笑んでいるのも様になる。

「レーテはね、実は私の幼馴染なのよ」
 ブランの言葉に、ロイは興味が湧いたようにほぉと相槌を返す。
「ブランには、ずっとお世話になっていて」
「少々内気なものだから、ご両親もこちらにお出しになるのを随分心配されていて」
「成る程。君が保護者代わりと云うわけだ」
「そうなの。音楽の先生がこちらなので、習う間こちらで暮らすことになったんだけど・・・」
 そこまで話して困ったように笑う。
「放っておけば、日がな一日レッスンしてるだけだから、偶には外に連れ出そうとするんだけど、
なかなか行きたがらなかったのよ」
 そう話して、意味有りげにロイを見てくる。当然、その視線に含まれる言葉は読み取れる。
「貴方のような美しい女性にお目にかかれるチャンスが出来た光栄に、今日は感謝したい気持ちです」
 そう囁いて伝えれば、マルガレーテはこちらこそと微笑んで返す。
 その二人の様子に満足そうにブランは頷いて。
「良かったわね、レーテ。憧れのマスタング閣下に会えたんですもの」
「・・・っ」
 そのブランの言葉に、彼女は頬を少し紅く染めながら、ブランを咎めるような視線を送っていた。


 その後は食事をしながら会は盛り上がっていく。
 ロイも久しぶりの交流をそれなりに楽しみながら、紹介された女性と楽しい会話を繰り広げていたのだが。

 ――― 遊びで付き合える女性ではないな。

 マルガレーテは都会の女性達とは随分観念が違いそうだ。
 美しい女性だと思うし、気質も女性らしい美点を多く備えている。
 が、随分理性的なところが多いのか、崩れるような事も無い。
 そつなく文句がつけようが無いと云う感じだった。
 確かにこんな女性と結婚したら、良妻賢母の良い家庭を築いてくれるのだろう。
 そんな感想を他人事のように考えてもみる。


「え? 少し待たないと駄目?」
 入り口の方面で聞こえた声に、ロイは思考から戻って思わずそちらに視線を向ける。
「――― 鋼の・・・」
 どうしてまたこんな場所で鉢合わせるのか。
 セントラルは広いと思っていたが、意外に狭いのだろうか・・・。
 入り口で何やら従業員と話している様子に、ロイは知り合いが居たのでと断わりながら席を立った。

「30分もかかるのか・・・」
「申し訳有りません。今日はご予約が多くて」
 そんな会話がロイの耳にも届いてくる。
「鋼の、どうしたんだ、そんな処で?」
 そう声を掛ければ、あちらも驚いたようだ。
「え・・・、あんたか。――― 最近、良く会うよな」
 先ほどのロイと同じようなことを考えているのだろう。
「ああ、本当に。で、どうしたんだ?」
 トラブルかと気遣うロイに、エドワードは笑いながら首を横に振って席待ちだと返してくる。
 兎に角、席を作ってくれと頼むとエドワードはロイに向き直ってくる。
「あんたは、今日は?」
 軍服では無いから他の用事かと尋ねてくるエドワードに、プライベートの飲み会だと返す。
 そう聞いてくるエドワードの格好も、先日のスーツ姿よりはラフな感じだが、カジュアルな余所行きで決めている。
それを揶揄してやれば。
「ああ・・・。今日はメンバーの誕生日だったらしくて、―― 急遽、仲間で祝おうって話が決まったんだ。
で、取り合えず先に仕事が終わった俺が席取りにきたってわけ」
「他のメンバーは後から?」
「そうなんだけど、まだ片付いてなかったから30分待ちで良かったのかもな」
 ウエイティングルームで待つよと言うエドワードを、ロイは先に一杯飲んでいればいいだろうと席に誘う。
最初は断わっていたエドワードを、一杯くらい付き合えと少し強引に席に引っ張っていく。
 こんな目立つ場所で、エドワードのような目を惹く人間が人待ち顔で立っていては、
先ほどから不躾いな視線を投げ掛けている者達の餌食になりそうだ。
 いいのにと困りきったように零すエドワードに、ロイは内心で嘆息を吐く。
普段は家と研究所の往復だけで暮らしているから、この程度で済んでいるのだ。
意外にまめな彼は、食事も自炊が中心だと言っていたから通うのは通りの市場位だろう。
 もし今のように身なりを整えて、街に出るようになればどれだけ人の関心を浚うようになるか・・・。

「済まない、友人が席待ちをしていてね。席が出来るまで、ここに混ぜてもらって構わないか?」
 そうロイが紹介すると、談笑していた者達もピタリと口を閉ざして、ロイが連れてきた相手を見止めては、目を瞠っている。
「すみません、お邪魔する形で」
 そう告げてペコリと頭を下げるエドワードに、見つめていた者達も歓迎の言葉と共に席を勧めてくる。
「どうぞ、ここに。私はあちらの席に替わるので」
 とブランが譲ってくれた席に礼を伝えて腰を落ち着けると、エドワードに興味を持った面々が、
しきりと挨拶や話を掛けてくるのを、ロイがさりげなく捌いて終わらせる。

「別に良かったんだぜ? 迷惑だろ」
 ロイと隣の女性を気にして遠慮を見せるエドワードに、ロイはマルガレーテを紹介する。
「すみません、お邪魔しちゃって」
 そう告げるエドワードに、マルガレーテはとんでもないと微笑んで歓迎する様子を伝えている。
 簡単な自己紹介を互いにしているのを見守りながら、ロイはエドワードの飲み物を頼んでやる。

「へぇー、来て日が浅いんだ」
「ええ、元々田舎育ちなもので、なかなか慣れません」
「俺も最初は大丈夫かなとか思ったからな。田舎じゃ人よりも羊の方が多いくらいだしさ」
 そのエドワードの言葉に、彼女の気を惹く言葉があったのか、エドワードに話しかけている。
「羊?」
「ん? ああ、リゼンブールって田舎なんだけど、羊毛が盛んだから」
「私の地方もそうです。ストラストと云うんですけど・・・ご存知無いですよね?」
 田舎なのでと付け加えるマルガレーテに、エドワードはにっかりと笑って返す。
「知ってる。ストラストも羊毛で盛んだよな。けどリゼンブールより随分都会だけど。
 ――― 実はそこで羊に埋もれて野宿したことがあってさ」
 エドワードの旅の1つの話をマルガレーテは楽しそうに聞いて、自分も話を掛けて喜んでいる。



 ――― 何なんだ、この状況は・・・。

 先ほどまで声を上げて笑うこともなかった女性が、少女のように手を打って笑っている。
共通の話題が有ったからだとしても、意気投合し過ぎてやしないか。
目の前で楽しそうに繰り広げられている会話を聞きながら、ロイは憮然とした感情で酒を飲むしかない。

 ――― この天然の誑しが。
 と心の中で毒づく。

 エドワードは昔からそうだった。
 行く先々で仲間を広げては、面倒を見たりもしていた。
 自分を捨ててでも人を助ける性格のせいか、好き放題、言いたい放題していても周囲から人が去る事は無い。
 子供だった頃は、仲間が増える程度で済んでいたが。
 ――― この先は、仲間以外が増えそうだ・・・。
 すっかりと会話に夢中になっている女性を見つめながら、ロイの内心は複雑そのものだ。
別に自分にと紹介してくれた相手が、エドワードに熱を上げたとしても、
面白くは無いが妬むほど狭量でももてないわけでもない。
 では、腹立たしいと思っているこの感情は、誰に向かっているのだろう。
 そして何故、惜しくも無いのに妬心にも似た想いが、じりじりと胸を苦く染め上げているのか・・・。

 ――― 面白くない。
 何がと言われれば、全部としか言いようが無い。
 どうしてと追求すれば・・・答えは不明瞭な壁にぶつかるように、何となくと云う答しか浮かばないのに。

 30分未満で仲間と一緒に席を立って行ったエドワードに、マルガレーテは惜しむような視線を向けており、
先日見受けた同僚の女性は女性特有の勘が働いたのか、これみよがしにエドワードの腕を取って席に引っ張っていくし。

 ロイは不機嫌な気分で杯を空けると、タンと音を立ててグラスを置いた。

 ――― 全くもって、面白くないっ!

 そんな散々な一日を味わったのだった。


 
 :::::
 
 翌日。少々二日酔い気味の頭を抱えながら、出勤すれば・・・。

  ――― ごめんなさいね。
        あなたにどうかと思ってたんだけど・・・。
        彼女、あなたと居ても緊張して駄目らしいの。
        ・・・・・で、この話は無かった事に。
    
        また近い内に仕切り直すわね。
        今度来る時には、出来たらお友達の『彼』も
        ぜひ誘ってきて欲しいわ。


 そう話す理由など尋ねる必要も無い。
 マルガレーテに紹介してくれないかと言わなかったのは、ブランなりのロイへの思いやりだろう。
 
 ああ、近い内にぜひ。とリップサービスを返した本心は、絶対に連れて行くものかと云う決意だった。

 電話を切った途端、二日酔いが酷くなったような気がした・・・。








 +++ Momentum +++

 
 ん・・・・・っ・・・―――。

 陽が差し込んできている所為で、瞼を通して光だけでも眩しい。
 おぼろげな意識の浮上に伴って、米神に僅かな鈍痛を感じ始める。

 ――― 二日酔い・・・か・・・・・・・・。

 馴染みのある感覚だが、それほど酷くは無いようだ。
 今日が休みで良かった等と、暢気なことを考えつつ。休息が足らなさそうな身体の倦怠感に、寝直そうかとも思う。

 が・・・―――。
 ぼんやりと目を開けて、入ってきた光に瞳を眇める。
 
 二日酔いの兆候は有るが、それ以上に・・・・・・。
 この爽快感は・・・。

 思い当たる目覚めは有る。
 有るには有るが・・・。
 この感じは所謂アレだ、アレ・・・。
 性欲を解消した翌日の、すっきりと、尚且つ充足した感覚・・・。

 そこまで考えて、ロイは冷やりと背筋を振るわせる。

 ―――一体、誰とそんなことをしたと言うんだ―――。

 急速に上がる心拍数に耐えながら、混乱気味の記憶を必死に振り分けて行く。
 昨夜はエドワードに説教がてら、飲みに出たはずだった。
 また事件に首を突っ込んだ彼にお灸を据えるのと、まぁ手放しで褒めてはいけないのだが、
 事件を無傷で抑えてくれた事には感謝もしなくてはならないだろう。
 
 先日行った店で腹ごしらえをして、互いに休みだと云う開放感から2件目に梯子して・・・・・。

 そうだ! 珍しいシンの酒が入ったからと家に誘ったのだ。
 プライベート空間に気を緩めて、話が色事方面に傾いたのは、男同士なら良くある事で、
しかしエドワードとは初めての会話だった。

 それから・・・それから・・・――――――。

 どんどん戻ってくる記憶に、思考が冷えて固まってくる。
 思わずぎゅっと目を瞑ったとしても、そんな逃避は一瞬でしかない。

 何故なら、腰辺りに感じる人の気配は・・・・・・。
 記憶の通りなら――――――――――――――― 。

 有り得ない現実に、すっかりと目が覚める。
 固まった思考とは別に、冷静に自分の体調を図っている部分もあって、この腰の軽さと云い、
やや鈍い痛みを感じるのと云い。「随分、頑張ったようだ」等と下世話な現実逃避気味の分析を試みてみたり・・・。

 がそれで事実を消せるわけでもない。
 ロイは恐る恐るの体で、瞑っていた目を開いて―――、視線を下方に廻らせてみる・・・。

 瞬間、世界が凍りつき、自身の定義が掻き消えそうな恐怖を味わうハメに突き落とされたのだった。









 :::::

「鋼のっ!! 君は何回同じ事を私に言わせる気だっ・・・」

 隣の執務室から上がる怒鳴り声を聞きながら、リザとハボックが顔を見合わせて苦笑する。
「大将・・・相変わらずっすね」
「本当に。少しは自分身の危険を顧みて欲しいんだけど・・・」
「無理っすね・・・」
「ええ、無理ね」
 司令室まで筒抜けの上司の叱責の声を聞いていれば、そんな二人の願いも難しそうだ。
 エドワードのトラブル吸引体質は、錬金術を失ってからも健在で、ごく普通に道を歩いていても、列車に乗っても、
 買い物してもどこからかしか拾ってくるのだ。
 それ位ならまだ甘受出来るのだが、生来の気質のせいか拾ったものを捨てようと考えず、
 逆に解決に首を突っ込んで行くのがロイ以下一同の心配を増やしている。

 今回は研究施設内に爆弾を仕掛けたとの脅迫が舞い込んだらしい。
 何故、らしいと云う言葉になるのかと言えば・・・事後報告で上がって来たからだ。
 研究所に送りつけられた脅迫状を見たエドワードが、開発中の金属探知機の試運転を兼ねて捜索に中り、これが見事に探し当てた。
 とそこまでは良かったのだが・・・。

「どうして、発見した時に直ぐに軍に報告しなかったんだ!
 いや、普通は脅迫状が送りつけられた段階で、相談が有って然るべきなんだぞ!」

 そう・・・。エドワードは発見した爆弾の処理に困り、自分が引いた練成陣を研究職員の一人に
 発動させてもらって爆発させ片付けてしまったのだった。

「単純な時限爆弾だったとかは問題じゃない! 
 君には少し根を詰めて話しておかないと駄目なようだな」



 お冠のロイの叱責の数々に、ハボックは思わず笑いが込み上げてしまう。
「・・・・・どうしたの?」
 そんなハボックを不思議そうに見ながら、リザが笑いの理由を聞いてくる。
「いや・・・・・。大将、変わんないんだなーと思いましてね」
 その言葉だけでリザにも伝わったようだ。小さく微笑んで頷いて返してくる。
「大将が錬金術を失くした時。――― どうなることかと心配してたんですよ。
 大将って云えば、うちの閣下と同等の・・・若さから言えばそれ以上の能力持ってたでしょ。
 ――― 正直最初は、錬金術が使えないエドってのが想像できなかったんですけど・・・」
「――― エドワード君が才能溢れる人間だと云う事は私も判っていたから、
 錬金術を失った位で駄目になる人間ではないとは思っていたけど・・・・・正直、
 じゃあどんな風な未来がと思えば、―― 確かに想像がつかなかったわね」
「ええ、俺も思わずそんな風に思ってました。
 ――― でも、それって凡人の余計な心配ってことだったんですねぇ」
 錬金術が使えなくなったエドワードは、ただの頭の良い少年になってしまうんだろうと思っていた。
 が、それは周囲の危惧であり、エドワードの能力を見誤っていただけなのだ。
 リザはふっと口元を綻ばすと。
「あの人が・・・、閣下がおっしゃってたの。
 エドワード君の先行きを心配するような事を、私が口にした時なんだけど」



「鋼のの先行き?」
「はい。彼は錬金術が使えなくなったと言ってましたから。私たちや大佐のお力が必要なのでは・・・と思いまして」
 瓦解した中央指令部を臨時の家屋に移動させて、一刻も早い稼動をさせる為にロイやリザも
メンバーも大車輪のフル稼働で動いている。
「必要ない」
 あっさりと言い切ったロイに、リザの眉が寄る。
「けれど・・・」
 異議を申し立てようとしたリザの言葉を遮るように、ロイはこう言ったのだ。
「鋼のの能力は錬金術が使えない程度で変わらない。
 逆に錬金術に頼らなくなった分、一層成長するに決まっているからな」
 そう言い切るのは楽観過ぎやしないかと心に過ぎったのが表情に出てしまったのか、
 ロイはリザの顔を見て苦笑をしてみせる。
「――― 実は、私は鋼から教えられたものが有ってね」
「・・・エドワード君から?」
「ああ。
 ――― 有れば助かるもんだろうけど、なきゃ生きて行けないって 
       程のもんじゃないぜ?
      だって、殆どの人が持って無くても生きてるからな――― とね。
 暫くは不便に感じるだろうけど、それもこの先の年月で何とも思わなくなるともね」
 彼が錬金術を使っていた年月を過ぎる頃になれば、使えていた頃の方が不思議に思うような程度に変わる。
 稀代の錬金術の天才を失った事は、国にとって、軍にとって大きな損失だが、
 ―――――― 彼はどこまで行ってもエドワード・エルリックだ。

 錬金術師の元天才が、更にどれ程大きく化けるのかを見てみたい。
 今はロイもそう思っていると話して聞かせたのだった。



 リザがその話をハボックに伝えると、ハボックは鼻水を啜り上げるような音を立てながら、鼻の下を指で擦ている。
「そう・・・、そうっすよね。あいつはやっぱり凄い奴ですよ」
「ええ。閣下にしてみれば、術が使えなくなった分、少しは大人しくなってくれるのを期待していたらしいけど・・・」
 話を途切らせると二人して隣の電話の会話に耳を済ませる仕草をする。
「鋼のっっっ!!」

 とロイの雷がまた落とされたようだった。
「はははははっっっ」
「ふふふふふ」
 二人は何となく幸せな気分で笑い合ったのだった。







 :::::

「今日は懇々と噛み砕いて説明して上げよう」
 不機嫌そうなロイの様子に、エドワードはうんざりしつつも一応は殊勝にご意見を拝聴している。
 二人の馴染みの家庭料理屋の奥を借り、飲み物も料理も注文せず「話が終わるまで控えていてくれ」と
 伝えたロイの言葉通りに店の人間も近寄って来ない。
 脅迫等を受けた時の通報の義務やら、不審物の取り扱い方法。果ては不慮の事件に遭遇しない為の心得だとか・・・。
 延々と語るロイに、エドワードは内心辟易しながらも、自分の立場の拙さを慮って口を噤んではいはいと首肯している。

「――― とまぁこんな感じだ。何か判らなかった点や、疑問に思った事は?」
 と漸く説教の終わりが近づいてきたのが判ると、エドワードは熱心に良く理解できた、判りやすかったからと、
 聞いていた最中で一番真剣に返答をしたのだった。
 そんなエドワードの態度をどう思っているのか、ロイは深い溜息を吐きながら米神に指を当てている。
「まぁ、君にそんな話をしても時間の無駄だとは思うが・・・・・。
 ――― 怪我だけはするなよ」
 最後にその一言だけを念を押して話を終わらせたのだった。

「ん・・・・・。御免、今回はちょっと仕掛けられた時間も短くてさ」
 そう謝るエドワードの言葉に、ロイが片眉を上げる。
「―――――― そうなのか?」
 そこまでは報告書には書かれてなかった。
「ああ、脅迫状の書いてた時刻が、まぁ・・・読まれるまでの時間を考慮してもらってなかったんだろうな。
 後、数十分後でさ、ただの脅しならいいけど、もし本当なら誰か怪我人がでる可能性も有るし・・・」
「しかし・・・、そんな短時間で良く見つけられたな」
 呆れるやら感心するやらだ。
「ああそれは。だって一般から入れるルートなんて知れてるだろ?
 まずは研究所棟の方は検閲もあるから無理だしな。学究棟だって、試作段階のこの前の承認装置使ってるしさ。
 だから入り込めるチャンスが有るなら、業者関係の搬入ルートだろうと思ってさ。
 ビンゴで良かったぜ。調べ始めて直ぐに反応があったからな」
 で、念の為に応援を要請しておいた錬金術師に術を発動させてもらって処理を終わらせたのだ。
 見つけた爆弾は小型のもので威力も大きくは無いと判断したエドワードが、咄嗟に練成陣を考えて引いたのだ。
 事件のあらましを黙って聞いていたロイは、ふぅーと嘆息しながら肩を落とす。
「――― そう云う経緯なら致し方ない。怪我人が出なかっただけでも由としよう」
「だろ?だろ?」
 ぱっーと顔を明るくさせたエドワードを、ロイはジロリと睨んで勢い込む彼を抑えこむと。
「それと通報しなかった理由は関係ない。以後は必ず通報するように」と厳しく釘を刺したのだった。

 で、その後は事件の話は終わったとばかりに、料理を頼み飲み物をオーダーし。
 事件の後で多少はどちらも精神が高揚していたのか、いつもよりハイペースでお替わりを飲み干していく。
 ほろ酔い気分で食事の店を出ると。
「どうだ、明日は休みだろ? もう1件行かないか」とのロイの誘いに、エドワードも大賛成で乗ってきて、
 そのまま今度は旨い酒を飲ませる店に足を運んだのだ。

 普段、その手の店は使わないエドワードには珍しい名前の酒やカクテルが並んでいるのが面白かったらしい。
 ロイもついつい調子に乗って、色々と薀蓄を話しながらバーテンにカクテルを頼んで飲ませ飲んでしていた。
 目を惹く男が二人だけで飲んでいれば、周囲の女性からの秋波やお誘いも受けて当然。
 一緒に飲みませんか?の魅力的な誘い言葉にも、エドワードは笑いながら首を横に振って流している。
「君は・・・、女性とは飲まない主義なのか?」
 そんなエドワードを不思議に思って、思わずそんな風に聞いてしまう。
「・・・・別に主義って程じゃないけど。知らない相手と飲む必要もないだろ?」
 ほんのり目尻を紅く染め始めているエドワードの流し目に、アルコールでやや早くなっているロイの鼓動が乱される。
 それを誤魔化すように酒を呷って、乱れた鼓動を落ち着けるように軽く服の上から掌で押さえる。
「――― 知っている相手なら良いのか?」
 どうしてこんなことを口にしてしまったのか・・・。
 言葉尻を取って責めている様に聞こえてしまうではないか。

 がエドワードはそんなロイの動揺には気づかずに、
 「知っている相手でも、一対一では行かないなぁ」と少々語尾が延びる口調で呟いている。
「行かない? ・・・・・あの職場の女性とも?」
 追求口調になってきているのは判っているのに、それが止められなくなってくる。
「職場の・・・?」
「―― ああ、先日見た魅力的な女性は同僚なんだろ・・・」
「・・・・・リズの事か―――」
 彼女の名前を口にする時に、エドワードの視線がやや泳いだ。
 その仕草の何かがロイの胸の内に焦燥を募らせた。
「・・・・・彼女は君の、――― 恋人なのかな?」
 出来るだけ軽く告げようと試みるのだが、乾いた口内では滑らかに動かない。
ロイは唾液で潤そうと嚥下し、酒の替わりを頼むと急いで口を湿らせた。
「恋人っぉ!? ――― 全然、違うって」
 驚くようにそう否定してくるエドワードの言葉に、早くなっていた鼓動が凪いだ気がした。が、それは本の一瞬の事だけだった。
「彼女にはもっと良い奴が出来るって・・・。
 俺みたいな研究馬鹿なんか、恋人にしたらつまんないだろ? そう彼女には断わったんだ」
 自嘲交じりのエドワードの発言に、ロイは自分が予想以上にショックを受けていることを知る。
「こ―――とわった・・・?」
「ん。―― 少し前かな。話があるって云うんで、1回だけ二人で食事に行った時があってさ。てっきり仕事で行き詰っている悩みとかだと思ってたら、『付き合って欲しい』って言われて・・・。
 けど俺は彼女の事は優秀な良い同僚だとしか思ってなかったし・・・、何となく今後もそうとしか思えない気がして―――。
 変に誤魔化すよりは良いだろうと思って、そうはっきり言ったんだ。
 でも、付き合ってみないと判らないから試しにって言われて困った。
 だって・・・そう云うのって不誠実じゃない? 俺にはそれは無理だってきっぱり断わったんだ。
 ―― まぁ彼女もさばさばした性格だから、今は元の良い同僚だぜ?」
 そうつっかえつっかえ説明したエドワードの表情は、本当にそう思っているのだろう。悩みも無いすっきりとした表情だ。

 ――― 嘘だっ。そんな簡単に諦めれる筈がない・・・。

 エドワードと違って、彼の話を聞き終えたロイの心に浮かんだそれが感想だ。
 エドワードが心を誤魔化して話すなどの高等な手立てが出来るはずもない。エドワードが出来ないなら、
 彼女の方が遥かに上手なのだろう。そして、機会を狙っているだけで、諦めた等とんでもない。
 これだけの相手に告白してきたのだ、彼女自身もそれなりに自信も自負もあるはずだ。
 今は時期ではないと判断して、一旦引いたにしか過ぎないのではないか。
 エドワードよりも遥かに女性を知っているロイの考察は、ほぼ間違いないはずだ。
 が、それを説明してエドワードの気分を害するのは、余り気乗りしない。だから違う話を振って、その話題を終わらせる事にした。
 飲みすぎてきたのか、じくじくと腹の奥が熱を籠もらせている気がしたまま。
 


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